私の理念


一心
責任と誇りを持てるまち金沢

その想い常に変わらず

30歳代で金沢市議会議員になった私は、自分の「政治理念」はなんなのかを常に自問自答しながら、議員活動に真摯に取り組んできました。
そんな中、2期目の最終年、つまり議員になって8年目と、恥ずかしながら大変な時間はかかりましたが、自分の政治理念を「責任と誇りを持てるまち金沢」と掲げました。



理念に込めた想い

金沢というまちは、歴史に責任を持たなければいけないまちだと考えます。
金沢は400年以上にわたって一度も戦災に遭うこともなく、大きな自然災害に襲われることもありませんでした。また、藩政時代、加賀藩前田家の歴代の藩主は、徳川幕府への政治的な思惑もあり、武術よりも文化に施策の重きを置いてきました。
そのため、今に至る、歴史・伝統・文化・学術が、金沢の個性であり魅力であり、強みともなっています。そして、先輩方から受け継いだその金沢の個性を、今度は私たちが後輩たちに伝えていかなければなりません。その責任が私たちにはあります。

また、いいまちをつくっていくためには、そのまちに誇りを持たなければいけません。自分の仕事や会社に誇りを持っていなければ、いい仕事ができるはずはないからです。だから、私たちは、自分のまちに誇りを持つための努力をしなければいけませんし、子供たちにも、誇りを持てるようなまちをつくっていかなければなりません。

私は政治家としての理念を「責任と誇りを持てるまち金沢」としました。言葉としては陳腐なものですが、8年間精一杯議員活動をしながら呻吟しながら辿り着いたものです。



政治理念から都市経営理念へ

平成22年12月10日、金沢市長に就任。理念は、リーダーの想い。
次に必要なことは、その理念を基点とする経営ビジョンを、まずは副市長をはじめとした市職員の皆さんに指し示すこと。
私は市長に就任してから2年間、市内外の学識経験者やこれまでまちづくりに関わってこられた経済界の方たちに入っていただき、また、市職員とも議論を重ね、都市経営指針、都市経営ビジョン、行政的にいえば、目指すべき都市像を作りました。

それが「世界の交流拠点都市金沢」です。 世界の「交流拠点都市金沢」をめざして
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日本一熱い!金沢を売り込むセールスマン
山野ゆきよし

昭和37(1962)年3月30日生まれ。長町小・野田中・金沢泉丘高・慶應義塾大学文学部仏文科卒。

ソフトバンク(株)を経て、平成7(1995)年4月、金沢市議会議員選挙に立候補、初当選。4期務める。
平成22(2010)年11月、金沢市長選挙に立候補、初当選。平成26(2014)年8月辞職。
10月出直し選挙にて再選。

任期中は、ほぼ毎日市内を廻り多くの市民との交流および新しい金沢にむけて精力的に活動する。
著作「このまちの手ごたえ」、「確信の手ごたえ」(ぎょうせい)、「私の尺度」(北国新聞社)、「一夜一冊」。その他、多くの論文を発表、講演も多数あり。
家族は妻、一男一女。
市長任期中の講演回数 230回。市内194回、市外26回、国外10回市内各種団体とのミーテイング1,000回以上