私の政策


山野ゆきよし 「世界の交流拠都市金沢」の実現に向けて

1.都市経営指針 2.都市経営ビジョン

1.都市経営方針

少子化が進む中、金沢市といえども急激な人口増は期待できません。大きな財政規模の拡大の望めません。しかしながら、これからも金沢は発展成長し続けていかなければならない。これまでのように拡大、増大、膨張といった意味ではない発展成長を。

先に述べたように、金沢には世界に誇るべき歴史・伝統・文化・学術等の個性があります。また、市内および近隣の自治体には、多くの高等教育機関もあり、若くて優秀な人材を輩出する素地もあります。高等教育機関が多いということは、当然、教員・研究者も多数います。
それら優秀な人材、情報、モノ、コト(ストーリー)を積極的に発信する、そうすることによって、初めて優秀な人材、情報、モノ、コト(ストーリー)を吸引することができる。金沢は、その交流のまさに拠点として存在感を高め、これからも発展成長し続けていくことが必要です。

また、地方都市といえども、金沢という都市は、これからは世界に視座を置いたまちづくり・ひとづくりを常に意識していくべきです。特に、これから日本を担っていく若い人たちにはそうあってほしい。その想いも込めて「世界の交流拠点都市金沢」を都市経営指針・都市経営ビジョンと定めました。さらに、そのビジョン達成のための期間も慎重に議論を重ねました。

多くの識者からは、この変化の激しい時代、グローバル化の時代、スピードが求められる時代には、従前のように20年、30年というスパンではなく、私たちが責任を持てる時代、持たなくてはいけない時代として、10年という期間を定めました。



2.都市経営ビジョン

10年後の目指すべき金沢市のビジョンを、私が市長に就任してから2年後に定めました。今度は、経営でいうところの経営施策、つまり、個別的・具体的な施策をできるだけわかりやすく指し示すことが必要です。

1年間、2人の副市長を中心に庁内で徹底的に議論をし、議会や委員会でも提示し、ご意見をいただいてきました。それを、平成26年3月議会前に、「重点戦略計画」として発表をし、26年度の予算を含めた、向こう10年間に行うべき施策として明らかにしました。

ただ、この重点戦略計画は、相当細かく、また専門的なものでもありますので、市民の皆さん向けに先般「まちのちからプラス計画」として、できるだけわかりやすく、もっといえば、イメージとして10年後の金沢の目指すべき方向性を印象的に表すように心がけました。これら議論・行動を経たうえで、理念(想い「責任と誇りを持てるまち金沢」)→指針(都市像「世界の交流拠点都市金沢」)→施策(個別政策「重点戦略計画」)と一連を明確にすることができました。

そのことによって、思いがけない環境変化(政権交代、自然災害、世界的景気変動等々)が起きてしまい、その施策の見直し・変更が迫られることがあったとしても、指針、場合によっては理念に立ち戻ることによって、その変化に対して柔軟に、しかも軸が大きくぶれることなく対応することができるようになりました。

これからも、市職員、議員各位、多くの市民と意見を重ねながら金沢市政の繁栄に向けて取り組んでいきます。



2010年提出私の基本政策 マニフェスト達成率中間報告
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山野ゆきよし

昭和37(1962)年3月30日生まれ。長町小・野田中・金沢泉丘高・慶應義塾大学文学部仏文科卒。

ソフトバンク(株)を経て、平成7(1995)年4月、金沢市議会議員選挙に立候補、初当選。4期務める。
平成22(2010)年11月、金沢市長選挙に立候補、初当選。平成26(2014)年8月辞職。
10月出直し選挙にて再選。

任期中は、ほぼ毎日市内を廻り多くの市民との交流および新しい金沢にむけて精力的に活動する。
著作「このまちの手ごたえ」、「確信の手ごたえ」(ぎょうせい)、「私の尺度」(北国新聞社)、「一夜一冊」。その他、多くの論文を発表、講演も多数あり。
家族は妻、一男一女。
市長任期中の講演回数 230回。市内194回、市外26回、国外10回市内各種団体とのミーテイング1,000回以上

過去のマニフェスト

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マニフェスト達成率中間報告